アーレイ・バーク提督

久しぶりに、心温まる話を見て・・・

昨夜の「ビーバップハイヒール」で

日本人の「おもてなし」の心を取り上げていて

その中のひとつの逸話にこの「アーレイ・バーク提督」のことが取り上げられていました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%AF

Wikiにもある通り、敵国だった日本に対して超が付くほどの「嫌日家」だったようですが、あるきっかけで「親日家」となって日本の占領状態からの解放に尽力された逸話が紹介されていました。

戦後すぐに、いやいや来日したバーク氏は、最低限の会話以外、日本人とは口を利くことなく、公式の場でも「ジャップ」や「黄色い猿」と公言するほどの日本嫌い

嫌々仕事をしている中で彼自身もホテル住まいの中で心が安らぐことがなく・・・
安らぎを求めて殺風景な部屋に一輪の花をコップに挿していたら

翌日に、それが花瓶に移されていることに違和感を感じ、フロントにクレームをしたが、翌日以降もそれがエスカレートし、花瓶に挿された花が少しずつ増えて行ったようです。

我慢ならなくなった彼は、フロントに犯人(彼の中では、この行為を犯罪として感じていたようです)探しを指示し、犯人??が見つたのですが

彼の部屋のベッドメーキングを担当していた女性がやったことが判明。

彼は、彼女に理由を問いただすと、彼女は「お花がお好きだと思って、お客様に少しでも安らいで頂きたかった」と

そしたら、彼はチップを渡そうとしたら、彼女は受け取らない。

欧米では、サービスの対価を払うのが当たり前なのに・・・なぜ、日本人は受け取らないのか

彼女から色々と事情を聞くと彼女の夫は先の大戦で戦死(アメリカ人に殺された)して未亡人になり、生活のためホテルで働いていて
その少ない給料の中から身銭を切って花を一輪ずつ買って、バーク氏の部屋に飾っていたとのこと

夫を殺された憎むべきアメリカ人に対して・・・なぜ??

バーク氏が「嫌日家」になったのは、大戦で多くの部下や同僚を日本人に殺されたから

でも、同じ敵国に大事な人を殺されたのに、なぜ、自分に対して、優しくしてくれるのか考えさせられたとのこと

その後、彼は、日本人の「おもてなし」の心を理解し、「親日家」になって行き、日本の占領統治からの解放に尽力されたとのことでした。


そして、月日が経って・・・・60数年後

東日本大震災が発生した直後、米軍による「トモダチ作戦」が多くの被災者の救助に尽力して頂いたことは記憶に新しいですが

その「トモダチ作戦」の際、真っ先に駆け付けてくれたのが・・・

空母「ロナルド・レーガン」・・・

あの日、この空母は、韓国に向って航行中、東日本大震災の甚大な被害を知って

アメリカ政府、アメリカ軍が支援を判断する前に艦長の独断で韓国の釜山に向っていた船首の向きを仙台沖に向け、駆けつけてくれたとのこと。

その判断を行った艦長の名は「トム・バーク(49歳)」

アーレイ・バーク提督のお孫さんだったとのこと

なんか、とても心温まる話でした。


You Tubeで、この逸話を見つけたので・・・11月29日追記(後日談・・・お孫さんの逸話はないですが)



「エルトゥールル号物語」~日本とトルコの友好の絆~



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この記事へのコメント

けんけん
2013年11月29日 23:42
You Tubeに「アーレイ・バーク提督」の逸話がアップされているのを発見したので、本文にリンクを貼りました。
けんけん
2014年01月15日 23:05
今日のニュースで、横須賀港を母校とするアメリカの空母がジョージ・ワシントンからロナルド・レーガンに交代することが決まったと言うことが取り上げられていましたね。

「トモダチ作戦」のことも少し影響あるのかな?

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