テーマ:天皇陵

弘文天皇陵(滋賀県大津市)

長等山前陵(ながらのやまさきのみささぎ) 第39代の弘文天皇は、天智天皇の皇子として、父の跡をついで即位したようですが、叔父の大海人皇子との古代の最大の内戦と言われる壬申の乱で敗れ自害したことで有名ですね。 弘文天皇は明治期に入って天皇の諡号が贈られたようですが、実際に即位したかは定かではないようで 大友皇子と呼ば…
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冷泉天皇陵(京都市左京区)

櫻本陵(さくらもとのみささぎ) 第63代の冷泉天皇は、平安中期の天皇で、父親の村上天皇の崩御を受けて即位したようです。 村上天皇の第二皇子として誕生したようですが、母親が藤原氏の血を引くことから、生後間も無く立太子となったようです。 皇太子時代から気の病があったようで、奇行が目立ったようです。 藤原氏の後ろ盾で即位したよ…
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陽成天皇陵(京都市左京区)

神樂岡東陵(かぐらがおかのひがしのみささぎ) 第57代の陽成天皇は、平安初期の貞観年間に9歳で即位した天皇です。 貞観と言うと、東北地方を襲った大地震が発生したことが、東日本大震災の時に歴史が紐解かれて有名になりましたね。 後年は、歌人としての才能を活かして和歌を詠んだりしていたようで、「小倉百人一首」にも採録され…
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後一條天皇陵(京都市左京区)

菩提樹院陵(ぼだいじゅいんのみささぎ) 第68代の後一條天皇は平安中期、藤原道長が権勢を奮っていた時代に先帝の三条天皇の崩御により、8歳で即位したとのことです。 その誕生は、「紫式部日記」にも記されているようで、道長にとって、待望の外孫皇子の出生で、益々、藤原氏の栄華のきっかけとなったようですね。 …
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後二條天皇陵(京都市左京区)

北白河陵(きたしらかわのみささぎ) 第94代後二條天皇は、鎌倉時代、後の南朝の流れとなった大覚寺統から即位した天皇です。 建武新政で有名な後醍醐天皇の異母兄に当たります。 鎌倉幕府からの要求で頻繁に天皇の譲位が続いたことで、後二条天皇の時代には、歴史上最多となる、五人の上皇が存在したようです。 …
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二條天皇陵(京都市北区)

香隆寺陵(こうりゅうじのみささぎ) 第78代の二條天皇は、平安末期に後白河天皇の長男として生まれたが、生後間もなく祖父の鳥羽法皇に育てられたとのこと。 天皇の後継をはじめ、摂関家、武家が真っ二つに別れて行われた平治の乱の際、平清盛によって二条天皇が清盛の六波羅邸に行幸したことから、清盛派が官軍となり、勝利に繋がったと…
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花山天皇陵(京都市北区)

紙屋川上陵(かみやがわのほとりのみささぎ) 第65代の花山天皇は、生後10ヶ月にして皇太子になり、17歳の時に叔父の円融天皇から譲位して即位したようです。 しかし、在位2年にして、出家し法皇となったようですが、天皇としては名を残すような偉業を成していないのですが、法皇になってからは、奈良時代の初期に僧侶徳道が摂津国の…
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三條天皇陵(京都市北区)

北山陵(きたやまのみささぎ) 第67代の三條天皇は、父であった冷泉天皇が弟の円融天皇に上位した7年後に生まれたようです。 一旦、兄の花山天皇が円融天皇から譲位を受け、その後、円融天皇の皇統の一條天皇が即位し そのあとを受けて、三條天皇が即位と言う、襷掛けで天皇のくらいを受け継いでいったようです。 目の病を悪化させ…
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堀河天皇陵(京都市右京区)

後圓教寺陵(のちのえんきょうじのみささぎ) 第73代の堀河天皇は、平安後期の天皇で、8歳のときに立太子となった当日に父の白河天皇から譲位されて即位しました。 このように短期間での即位は、白河天皇の異母弟に皇統が移ることを嫌い、息子の譲位したようです。 20年の在位中、天変地異や疫病の流行などもあって8回も改元したよ…
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一條天皇陵(京都市右京区)

圓融寺北陵(えんゆうじのきたのみささぎ) 第66代一條天皇は、七歳で即位した幼帝だったようで、本人以上に皇后が目立った存在だったようですね。 藤原道長の姪の藤原定子が輿入れしたのは満13歳で、一條天皇が10歳の時だったようで姉さん女房ですね。 藤原定子についていた女人の一人が、清少納言だったようです。 後…
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後三條天皇陵(京都市右京区)

圓宗寺陵(えんそうじのみささぎ) 第71代後三條天皇は、兄の後冷泉天皇の後を継いで即位したのですが、宇多天皇以来170年ぶりの藤原氏を外戚としない天皇とのことです。藤原氏が権勢を奮っていた時代にとってはとても珍しいことなのでしょうね。 そのため藤原頼通は失意のあまり引退をしてしまったとのこと。 後三條天皇は、平安京…
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後冷泉天皇陵(京都市右京区)

圓教寺陵(えんきょうじのみささぎ) 第70代後冷泉天皇は、後朱雀天皇を父に、藤原道長の娘を母に産まれ、紫式部の娘が乳母だったようです。 後冷泉天皇から譲位され天皇の座につき、父から受け継いだ荘園整理令を押し進めたようですが、父と同様、結果的にはうまくいかなかったようです。 また、藤原頼通の娘を皇后に迎えたが、皇…
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後朱雀天皇陵(京都市右京区)

圓乘寺陵(えんじょうじのみささぎ) 第69代後朱雀天皇は、平安中期、藤原道長が権勢を奮っていた頃、兄の後一条天皇に皇太子がいなかったため、その崩御に伴って弟が即位したのが後朱雀天皇です。 当時は、荘園が増えすぎたことでも国家財政が危機的状態にあり、その対策が必要とされ、天皇は荘園整理令に着手したようですが、結果的には…
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光孝天皇陵(京都市右京区)

後田邑陵(のちのたむらのみささぎ) 第58代光孝天皇は、歴代でも高齢での即位した天皇のひとりで、55歳の時に先帝の陽成天皇から譲位されたようです。 在位期間が3年と短かかったようですが、宮中行事の再興に務め、また諸芸にも優れた文化人でもあったようです。 また、「光孝」ということで「光」という字がついていますが、…
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村上天皇陵(京都市右京区)

村上陵(むらかみのみささぎ) 第62代村上天皇は、平安中期に即位した天皇です。 在位中は、関東で平将門や藤原純友が起こした乱により朝廷の財政が逼迫したため倹約を余儀なくされたようですね。 なお皇子具平親王の裔は「村上源氏」として、以後の宮廷政治において大きな影響力を持つようになるようです。 …
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圓融天皇陵(京都市右京区)

後村上陵(のちのむらかみのみささぎ) 第64代圓融天皇は、醍醐天皇、村上天皇の天皇親政期と藤原摂関政治の絶頂期と藤原道長の時代との中間に即位した天皇です。 次々と藤原氏からの圧力に嫌気がさして26歳の若さで花山天皇に譲位して、上皇になられたようです。 その名を記する円融寺で亡くなり火葬に付され一旦は、円融寺の背後の…
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文徳天皇陵(京都市右京区)

田邑陵(たむらのみささぎ) 第55代文徳天皇は、平安時代初期、藤原氏が台頭するきっかけの一つとなった承和の変で、伯父の藤原良房に推され、仁明天皇の譲位によって即位したようです。 その陵は、京福電鉄の鳴滝駅から西に入った閑静な住宅街の奥に静かに佇んでいます。 住宅街と言いつつも、横には文徳池と呼ばれるため…
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後宇多天皇陵(京都市右京区)

蓮華峯寺陵(れんげぶじのみささぎ) 第91代後宇多天皇は、鎌倉時代に8歳で即位したようですが、幼かったこともあって父の亀山上皇が院政を敷いていたようです。 治世中には、文永・弘安の役、いわゆる元寇が発生しています。 そんなこともあって、鎌倉幕府の執権であった北条時宗が力を持ってたようですね。 幕府の斡旋により、持…
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嵯峨天皇陵(京都市右京区)

嵯峨山上陵(さがのやまのえのみささぎ) 第52代の嵯峨天皇は、平安京に遷都した桓武天皇の第二皇子になります。 兄の平城天皇が平城京に還都を試み、それに失敗したことで譲位され天皇に即位したようです。 京都の西、この辺りを離宮の地と定め、そのなが示す通り、嵯峨離宮(のちの大覚寺)を造営し、そこで院政を敷いたとのこと。 そ…
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後龜山天皇陵(京都市右京区)

嵯峨小倉陵(さがのおぐらのみささぎ) 第99代で即位した後龜山天皇は、それまで南北朝として別れていた朝廷の統一を成し遂げた天皇です。 後醍醐天皇から続いた南朝の最後の天皇で、北朝を指示する足利義満の調停案を受け入れて、北朝の後小松天皇に譲位することで南北朝が統一されました。 明治44年に南朝が正統とされたため、歴代…
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龜山天皇陵(京都市右京区)

龜山陵(かめやまのみささぎ) 第90代龜山天皇は、鎌倉時代の天皇で あの歴史的な大事件である元寇が起こった時に上皇として院政を敷いていました。 元寇に対して、伊勢神宮や熊野大社などに積極的に自らが異国降伏の祈願を行っていたようです。 後に大覚寺統と兄の後深草天皇の持明院統の対立が生じて 大覚寺統は、後の南朝に、持明院統…
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御嵯峨天皇陵(京都市右京区)

嵯峨南陵(さがのみなみのみささぎ) 第88代は、鎌倉時代の初期の天皇です。 諡が示す通り、平安自体に嵯峨天皇が現在の大覚寺のちに離宮を築いて知性を行なったことにならって、その南に現在の天龍寺の地に嵯峨殿と呼ばれる離宮を築いたとのことです。 その後、足利尊氏によって、嵯峨殿と龜山殿は、天龍寺と名を改められたとのことです。 …
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長慶天皇陵(京都市右京区)

嵯峨東陵(さがのがしのみささぎ) 第98代長慶天皇陵は、嵐電嵯峨駅から西に道路を挟んですぐのところにあります。 長慶天皇は、南北朝の南朝の第三代天皇で、正式に歴代天皇の一人として認定されたのは、大正15年とのことのようです。 陵には、皇子であった南禅寺の住持であった海門承朝の陵墓でもあるようです。 …
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後白河天皇陵(京都市東山区)

法住寺陵(ほうじょうじのみささぎ) 第77代の後白河天皇は、天皇と言うより法王と言う名称のほうが馴染み深いですね。 平安時代後期に即位し、退位後も34年間にもわたり院政を敷き その間、保元・平治の乱を経て、平清盛の全盛期、そして、源平合戦の後、鎌倉幕府の成立まで関わった歴史的にも忘れてはならない天皇ですね。 …
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仲恭天皇陵(京都市東山区)

九条陵(くじょうのみささぎ) 第85代の仲恭天皇は、父親の順徳天皇、祖父の後鳥羽上皇が鎌倉幕府の倒幕を目指して起こした承久の乱で敗れたことで4歳で即位して間もないのに連座され廃位に追い込まれたようです。 実際の在位期間は、たった78日で即位を内外に示す大嘗祭も行う時間もなかったようです。 その御陵は、泉涌寺ではなく…
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光格天皇陵(京都市東山区)

後月輪御陵(のちのつきのわのみささぎ) 第119代の光格天皇は、江戸時代の後期に閑院宮家から即位した天皇です。 東山天皇のひ孫にあたり、その後、仁孝天皇、孝明天皇と続き、現在の皇室の直属の祖となっておられる天皇です。 その光格天皇の御陵は、息子の仁孝天皇と後月輪陵に合葬されています。 この後月輪陵は、別の…
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四条天皇陵(京都市東山区)

月輪陵(つきのわのみささぎ) 第87代、四条天皇は後堀河天皇の後を受けてわずか2歳で即位しています。 10年後の12歳で崩御し、その御陵は、泉涌寺の舎利殿の右奥にあり、仏式のお墓の形式のような御陵になっています。 ここは、四条天皇が葬られた鎌倉時代から400年後、江戸時代の第108代の御水尾天皇から第118代の後桃…
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孝明天皇陵(京都市東山区)

後月輪東山陵(のちのつきのわのひがしのみささぎ) 江戸時代末期、ペリー来航の時に在位していた第121の孝明天皇の御陵は、泉涌寺の境内、後堀河天皇陵から、参道の坂を奥に登りきった場所にあります。 江戸時代に泉涌寺の御陵に埋葬された多くの天皇が仏式のお墓の形態をしているのに、孝明天皇の御陵は、古墳のような形態をしています…
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後堀河天皇陵(京都市東山区)

観音寺陵(かんおんじのみささぎ) 第86代の後堀河天皇の御陵は、泉涌寺の境内の奥にあります。 鎌倉時代の承久の乱の後、先帝の仲恭天皇が廃された後を受け、鎌倉幕府の意によって即位した天皇です。 10歳で即位し、21歳で退位すると言う若い天皇だったようですね。 生前に泉涌寺を朝廷の祈願所として定め、死後は…
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後深草天皇陵(京都市伏見区)

深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ) 先帝の後嵯峨天皇を継いで皇位を継いだのが、兄である第89代後深草天皇でしたが 父、後嵯峨上皇の言いなりで政治を行っていた中、父が弟を可愛がり出して、父の意により弟に譲位して上皇になり、仙洞御所に移って院政を敷くことになります。 即位した弟は、第90代の亀山天皇となります。 …
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